大串 研也
    
   大串研究室       
着任の御挨拶


  1月16日付けで、新物質科学研究部門特任講師に着任致しました。 ゴールデンウィークに久しぶりに帰った故郷で感じたことを記し、御挨拶に代えさせていただきます。
  茨城県日立市は日立製作所の城下町として知られておりますが、その工業都市としての出発点は鉱山にあります。1905年、久原房之助は日立鉱山を開業しました。久原は、世界最新鋭のダイアモンド試錘機を駆使することで銅の新鉱脈を次々と発見し、経営の道筋を付けます。更に、連携する日本各地の鉱山から鉱石を製錬所へ供給することで、日立鉱山の産出が少ない時でも、安定的に銅を出荷することに成功しました。その一方で、問題も生じて来ました。日立鉱山の鉱床はキースラーガー(層状含銅硫化鉄鉱床)であるために、製錬時に大量の亜硫酸ガスが発生します。有毒ガスを含む煙が、人々の健康や周囲の自然環境に甚大な損害を与えたのです。久原は、1914年当時、世界一の高さ(155.7m)を誇る大煙突を建設し、公害を著しく緩和させました。その後、日立鉱山は多角化を進め、新日鉱ホールディングスとして現在に至ります。また、日立鉱山の修理工場から派生した日立製作所は、世界に名だたる総合電機メーカーへ成長を遂げています。
  私は、物質合成と物性測定を通して、新奇な現象を示す物質を探索しています。あまたの物質の中から真に面白い物質を探し出すことは、荒野の中から新鉱脈を発見することに似ているかもしれません。日立鉱山の発展の歴史には、学ぶべき点があるように思われます。私も、高度化された最新の実験機器(超高圧発生装置など)を、大いに活用する所存です。また、内外の研究グループと連携を図り、発展的に研究を推進して参ります。実験を行う上では、安全に対する配慮も欠かせません。安全眼鏡の着用、厳格な毒物の管理などに、十分な注意を払います。
  現在までの研究対象は、酸化物、カルコゲナイド、金属間化合物における強相関電子が織り成す量子液体(磁性体、量子ホール液体、超伝導体など)でした。今後は、専門の枠組みに囚われずに、より学際的な研究を指向していきたいと考えています。今、格別興味を持っているのは、地球惑星科学と凝縮系物理学を融合させることです。鉱物の結晶構造には特異なものが多く、こうした格子上ではスピンが異常な磁性を示す可能性があります。地殻の主要構成元素(クラーク数の大きな元素)から成る機能性材料を開発することは、持続可能な社会の実現に一役買うことでしょう。また、マントル最深部のポストペロブスカイト相を固体物理学的観点から調べることは、地球科学的知見の深化へ大いに貢献すると考えられます。

  1981年、日立鉱山は銅鉱山としての天寿を全うしました。ゴールデンウィークに、跡地に建てられた日鉱記念館を訪ねました。霧雨に洗われ鮮やかさを増した新緑に包まれた一帯には、一万人の人々が暮らした鉱山町の面影は、ほとんど残されていません。幾多の鉱石を運び上げた第一竪坑の周囲をぶらぶらしながら、これから日々精進していく決意を再確認した次第です。皆様の変わらぬ御指導と御鞭撻の程、何卒宜しくお願い申し上げます。
日鉱記念館敷地内の第一竪坑